WBCでも大活躍を見せ大車輪の活躍をして頼れる男としての存在を日本に知らしめたサブマリン投法の牧田和久選手。

 

「困ったときは牧田」と言われるほど、先発、中継ぎ、抑えとなんでもこなしてしまう万能な能力はチームにとって大きな存在ですね!

 

地面すれすれの位置から放たれる特徴的なアンダースローで、球速はプロの中では一番遅いと言ってもいいレベルなのに、あっさり抑えてしまいます。

 

打者を幻惑する牧田選手のアンダースローでの投球術は、まだに芸術といっていいですよね!

 

社会人野球で大怪我をしてプロ入りはかなり遅めで苦労人でもある牧田選手…

 

今回はそんな牧田和久選手のプロフィール詳細を紹介します!

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牧田和久選手のプロフィールは?

出身地:静岡県焼津市
出身高校:静清工業高等学校
生年月日:1984年11月10日
身長:177㎝
利き腕:右投
打席:右打
ポジション:投手
年俸:1億円+出来高(2017年現在)

引用:wikipedia

牧田選手は静清工業高の1年生時に、現在の特徴となっている「アンダースロー」へと転向しました。

アンダースロー転向の経緯を本人はこう語っています。

アンダースロー転向は監督の指示で、本人は「同学年に140キロを投げる投手がいた。うちの高校は毎年、(2番手として)打者の目先を変える技巧派を用意していたので」と考えたが、野球部部長の藪崎雄大は 「球の速い子はほかにいたが、野球センスは牧田のほうがあった。下半身もできてきて、下手にしたら伸びしろがある。ブルペンで試しに投げさせると、ソフトボールの投球のようにホップする球筋。高めの直球だけで勝負できるな」と理由を述べている。
引用:wikipedia

高校の監督の指示だったんですね…かなり見る目がありますよね!

 

しかし高校時代には甲子園出場経験もなく終わり、大学へ進学しました。

 

平成国際大学へ進学し、エースとして活躍。

2年時には日本代表入りをするなどして、平成国際大学の主力として知名度を上げました。

 

大学卒業後は社会人野球の日本通運に入社して野球を続けます。

しかし2年目に大会に出場中バント処理の際に転倒し、右足前十字靭帯を断裂という大怪我を負ってしまい、全治は1年と試練の年となります。

 

1年半後に復帰するとノーヒットノーランや完封をするなど、怪我前より強くなっている部分まで見せつけプロからの注目も集まりました。

 

2010年のドラフト会議で埼玉西部ライオンズからドラフト2位で指名され、プロへの門を自らの手で勝ち取りました。

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牧田和久選手の成績や年俸は?

 

牧田選手は埼玉西部ライオンズと契約金7,000万円、年俸1,300万円で契約します。

2011年

ルーキーイヤーとなる2011年、牧田選手はいきなり開幕一軍入りを果たし、4月15日のソフトバンク戦でプロ初先発初登板。

7回を1失点に抑える好投を見せますが、8回途中にマメのために降板。

惜しくも初勝利はならず。

 

その後5月6日の楽天戦ではプロ初勝利を見事完封であげます。

しかし先発で好投しても打線の援護がなく、なかなか勝ち星が付かない日々が続きチーム事情もあり抑えへと配置転換。

6月26日の楽天戦でプロ初セーブをあげました。

 

7月にはオールスターゲームにも選出され、この年は途中から配置転換された抑えとしてそのまま年間を投げ切り守護神として活躍しました。

 

2011年の成績は5勝7敗、防御率2・61と勝敗こそ負けが先行していますが、数字的に新人としては素晴らしい物でした。

 

年俸は1,300万円から3,400万円へアップとなりました。

2012年

2年目となる2012年は再び先発投手へと戻り、西武の先発ローテーションの一角として年間を通して安定して活躍を見せます。

 

1年間のシーズンを通して一度も二軍へ落ちることなく、ローテーションを守り続け投手陣の中では唯一怪我も不調もなく活躍した選手となりました。

 

2012年の成績は13勝9敗、防御率2・43と抜群の成績を残し自身初となる二桁勝利も達成。

 

この安定した活躍により年俸は3,400万円から6,700万円へと上がりました。

2013年-2014年

2013年はシーズン前にWBC日本代表にも選出されます。

 

この年も先発としてローテーションを任され、4月23日のロッテ戦ではなんと無奪三振での完封という35年ぶりの記録も作ります。

 

しかし牧田選手の宿命なのか、この年も好投が報われず勝ち星は伸びず…

2013年の成績は8勝9敗 防御率2・60でシーズンを終えます。

 

この年のオフには年俸は前年の6,700万円から8,000万円となりました。

 

2014年も先発の一角としてローテーションを守り続けますが、開幕後5月には1勝も出来ず、夏場も2ヶ月2勝と勝ち星に恵まれません。

 

更にこの年は打ち込まれる場面も増えてしまい、2013年シーズンより成績を落としてしまいます。

 

2014年の成績は8勝9敗 防御率3・74と前年と勝ち星こそ同じですが、防御率は大きく悪化。

 

年俸もプロ入り以来初のダウンとなる、7,500万円となり500万円のダウンとなりました。

2015年

2015年は自信初となる開幕投手を務め、先発ローテーションの一角を担っていましたが、夏場に抑え投手の不振により牧田投手を再度抑えとして起用する方針となり配置転換。

 

8月には4年振りのセーブをあげ、その後3セーブをあげますがすぐに先発に復帰。

この頃から「便利屋」としての牧田選手のイメージが確立されていきます。

 

2015年の成績は9勝11敗、防御率は3・66.

2015年の年俸は据え置きの7,500万円で現状維持となりました。

2016年

2016年は先発ではなく開幕から中継ぎとして起用されます。

 

勝ちゲームで1回のみ登板するセットアッパーやロングリリーフなどこの年も「便利屋」としての適性を見せました。

 

久々の怪我で6月には二軍落ちを経験しますが、7月に復帰。

その後も安定してブルペンを支え続けた年となりました。

 

2016年の成績は7勝1敗 防御率は1・60と中継ぎとはいえ素晴らしい成績となります。

2016年オフの契約では2年振りの年俸アップ提示を受け、年俸は1億円に。

 

とうとう1億円プレイヤーの仲間入りを果たしました。

2017年

シーズン開幕前のWBC本戦では「困ったときの牧田」と言われるほどの活躍を見せ、とりあえずチームがピンチになったら牧田を使うという流れになるほどの頼られっぷりでした。

 

そして2017年シーズンも中継ぎとして起用されていて、6月3日の時点で22登板で防御率は0・39と大活躍を見せています。

 

 

投球の際、手が地面に付きそうですよね。

この軌道が球速が無くてもプロで一流の成績を残し続ける生命線なんでしょうね…

同じ球でも緩急を付けて、別の球にしてしまう投球術にも注目ですね!

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牧田和久選手の性格は?

 

穏やかで優しい性格としても知られる牧田選手。

お姉さんの結婚式では泣いてしまう等涙もろい一面も見せています。

 

「自分は一番にはなれない」と母に諭されて自らを客観的に見れる事も出来て、高校時代でもエースの子が140キロを投げる正統派ピッチャーだったので、監督にアンダースローに転向しろと言われてすぐに受け入れる冷静な面を持っています。

 

プロ初勝利の後にはホテルに帰ってから一人でガッツポーズをするなど、控えめですがかわいい部分も持っていますね!

 

プロ入りが社会人3年を経験した後な牧田選手だけに、年齢的にも成熟してるのが落ち着いている雰囲気をかもしだしているのかもしれませんね。

牧田和久選手の彼女は?

優しそうな上にイケメンオーラもあるだけにモテそうな牧田選手。

 

社会人野球経由なので年齢もすでに30歳を超えていて、結婚してそうな雰囲気もありますよね。

ですが牧田選手は独身で、しかも彼女の噂も特にありません!

 

もしかしたら付き合っている人もいるかもしれませんが、表には全く情報が出てきていませんね。

 

牧田選手はメジャー志向も強いと言われていて、近いうちにポスティングでメジャーに行くのではないか?とも言われています。

メジャー移籍の際に電撃結婚発表があったりするかも…??

まとめ

サブマリン投法からホップするストレートを武器に打者を翻弄して西武のブルペンの支えとなっている牧田選手。

 

メジャー挑戦の噂もあり、日本のサブマリンがアメリカでどこまで通用するのか見てみたい気もしますよね!

 

西武ファンの方にとっては牧田選手が居なくなると痛すぎると思いますが…

 

今後の牧田選手の動向も含めて目が離せませんね!