出典:ベースボールONLINE

 

高校通算65本のホームランを放ち、松井秀喜選手の後継者として巨人へドラフト1位の鳴物入りで入団した大田泰志選手。

 

並はずれた身体能力を持ち、桁外れのパワーで誰が見てもわかるスケールの大きさを感じさせる選手です。

 

松井秀喜氏の背番号「55」を受け継ぎ巨人ファンの期待を大きく背負いながら、プレッシャーでなかなか成長出来ずにもがいていました。

 

年が経過していく毎に「大田はもうだめかもしれない」という空気感が漂いはじめて、ファンからも首脳陣からも少しずつ見放され気味でした。

 

しかし2016年に日本ハムへトレードされ、環境の変化と共に未完の大砲が花開こうとしています。

 

今回はそんな大田泰志選手のプロフィール詳細について調べてみました!

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大田泰志選手のプロフィールは?

出身地:広島県三次市
出身高校:東海大学付属相模高等学校
生年月日:1990年6月9日
身長:188
利き腕:右投
打席:右打
ポジション:外野手、一塁手、三塁手
年俸:2,100万円(2017年現在)

引用:wikipedia

大田選手は高校野球で投手をしていた父の影響を受け、小学校1年でソフトボールを始めました。

 

5年生から軟式野球を始め、中学では投手として活躍します。

 

当時行なわれた野球教室に参加し、巨人の元監督原辰徳氏からスイングを褒められた事で原氏の母校でもある東海大相模高校への進学を決めました。

 

東海大相模高校では1年春から三塁手としてベンチ入りし、1年の秋には既に4番打者として起用されていて、その潜在能力の高さを見せつけました。

 

2年秋からは主将も務めましたが、意外にも甲子園には一度も出場出来ていません。

 

しかしその能力の高さはプロのスカウトの中でも評判となり、高校通算65本塁打に加えそのホームランの飛距離が高校生離れしていた為に大型野手としてドラフトの話題選手となります。

 

投手としても147キロの球速を記録していて、「和製ジーター」というあだ名も付けられるほどの注目ぶりでした。

 

2008年のドラフト会議では高卒野手ながら、名門読売ジャイアンツからドラフト1位指名を受けて堂々のプロ入り。

 

背番号は半永久欠番となっていた松井秀喜氏の「55番」を受け継ぎ、チームからの期待の大きさを伺わせます。

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大田泰志選手の成績や年俸は?

読売ジャイアンツに契約金1億円、年俸1,200万円で入団を決めた大田選手は、1年目から背番号「55」を継承する選手として大いに注目を集めます。

2009年

キャンプでは新人ながらも原監督の指導を直接受けるなど、大きな期待を集めますが1年目はほぼ1年間二軍で鍛えられることとなります。

 

一軍では1打席だけ立つチャンスを貰いますが、凡退していまいます。

 

二軍では三塁手をメインとして出場し、101試合の出場、打率.238 本塁打17 56打点 16盗塁と二軍とはいえ、1年目の高卒野手としては素晴らしい成績を残しました。

 

自分もこの成績を見て、次期巨人の4番は大田選手で間違いないなと謎の確信をしていたのを覚えています。

 

とにかくスケールの大きい選手で、足も速くパワーは飛び抜けていて豪快なスイングを1年目から見せていました。

 

2010年-2011年

2年目となる2010年には一軍で2試合出場の機会があるも、ノーヒットで終わります。

 

二軍では前年に続き101試合に出場し、打率.265 本塁打21 打点70と本塁打と打点でリーグ2位の記録を残しました。

 

2011年も開幕を二軍で迎え、5月に1軍昇格を果たすと楽天戦の延長10回ででプロ初安打を放ち、これが決勝2点タイムリーとなりました。

 

しかしその後は奮わず、一軍では12試合の出場となりまたも二軍でほぼフルシーズンを過ごす事となります。

 

更に内野手としての守備面での不安定さにも課題が残り、このシーズン後外野手へのコンバート(守備位置変更)が発表されました。

 

二軍での成績も打率.254 本塁打6と大きく前年から数字を落としていて、この頃から巨人ファンは「大田は本当に育つのか?」という不安を持つようになります。

 

更に数字を大きく落としているのに、三振数は二軍最多の109個を記録してしまい、この数字もファンの不安を大きく膨らませる事になってしまいます。

 

2012年-2013年

2012年は初の開幕一軍入りを掴みとりますが、すぐに打撃不調から二軍降格。

 

次に一軍に再昇格したのは9月になりますが、プロ初の猛打賞や念願のプロ第1号ホームランを放つなどの活躍を見せます。

 

この年は外野手をメインに17試合にスタメン出場。

合計では21試合の一軍での出場を果たし、そろそろブレイクするのではという予感を感じさせました。

 

しかし2013年には外野手の橋本到選手や、亀井善行選手が優先的に起用されて、大田選手は21試合の出場に終わり、ホームランも打てず、前年より打席数も少なくなります。

 

この頃から大砲候補であり巨人のドラフト1位という特別扱いは終わってしまい、少し巨人での大田選手への扱い方が低くなってきた感じがしましたね…

 

二軍でも三振数が減る事はなく、4年連続で二軍の三振王になるなど不名誉な記録も残してしまい暗雲が立ち込めます。

 

このシーズン後大田選手の背番号は「55」から「44」へ変更されることが球団から発表され、とうとう松井選手の後継者というポジションからは外されてしまった事を証明してしまいました。

 

球団側も「55」を背負わせるのはプレッシャーになっているので、それを取り除こうという気持ちも大きかったのでしょうが、当時の大田選手はショックを受けていたように見えました。

 

年末に放映されたテレビ番組では「背番号55を返せ、付けるな」と言われたことも告白していて大田選手自身にも辛い時期が続きます。

 

2014年-2016年

2014年は外野手が次々と故障し、守備固めや代走で出場機会を増やします。

 

9月には首位攻防となる広島との試合で逆転2ランを放ち、その後はスタメンでも起用される機会が増え、初の「4番打者」としてのスタメン出場も果たし、巨人軍第81代4番打者として平成生まれとしてはチーム史上初の4番となります。

 

この年はプロ入り後最多の44試合の出場を記録して、打率.246 本塁打2 12打点という数字を残します。

 

2015年にも4月に4番で起用され猛打賞の活躍や、5月にホームランも放ち、初めて一軍に定着し始める年となりました。

 

この年は60試合出場、打率.277 本塁打1 打点3と打率に関しては上昇するものの期待されていたホームランや打点では数字を伸ばせませんでした。

 

大田選手にファンが期待していたのは打率ではなく、豪快なホームランであった為に上手くいかないプロ生活が続いて「小さくまとまってしまった」と言われるようになります。

 

自分が見ていても大田選手の持ち味である豪快なスイングが鳴りを潜めていて、大砲候補と言われていた彼なのに、どうしてこうなってしまったのか…と残念な思いもありました。

 

更に毎年の様に外ボールへ逃げていくスライダーに同じような三振を繰り返す姿を見て、歯がゆい思いを感じていました。

 

2016年は1番打者として起用される機会が増え、6月には大谷翔平選手からホームランを放つなどインパクトも残しますが、またも二軍と一軍を行ったり来たりとなります。

 

打率は.202 本塁打4 打点13と本塁打と打点では自己最多を記録しますが、打率は大きく数字を落としてしまい、前年とは正反対の数字に…

 

打率を意識すればスイングが小さくなり、ホームランを意識すれば打率が最低限にも満たなくなるという悪循環に陥り、大田選手自身も苦悩していたように思います。

衝撃のトレード

2016年のオフ11月に、日本ハムとのトレードが発表され、巨人側は公文克彦選手、大田泰志選手、日本ハム側は吉川光男選手、石川慎吾選手の2:2での交換となりました。

 

これだけ期待を集めていたドラフト1位の大砲候補がトレードに出されたのは、ファンにとってもまさに青天の霹靂でありこのオフの一番の話題となりました。

 

しかし、大田選手の様に抜け道のないトンネルのような状況に陥ってしまった選手には環境を変えることも大事であり、実際に巨人のトレード相手として候補にあがる事が多い、日本ハムへ移籍して重宝されている選手も多い実績もあります。

 

巨人側も大田選手はこのままでも駄目だろうと、トレードをしたのでしょうし決してネガティブな意味があったトレードではないと思っています。

2017年

日本ハムへトレードされた大田選手は開幕には出遅れるも、4月に一軍に昇格し移籍後初ホームランをすぐに放ち、5月のロッテ戦ではプロ初のサヨナラタイムリーを放つなど大活躍を見せます。

 

5月の中旬時点で、打率.250 本塁打5 打点12と巨人時代で記録した最多本塁打4を既に超える活躍を見せていて、環境の変化による覚醒の気配を見せています。

 

豪快なスイングが戻って来ていて、未完の大器が花開くかもしれません!

 

巨人で大砲になれなかったのは残念ですが、大田選手にはパリーグでホームラン王になるぐらいの大輪の花を開かせてほしいですよね!

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大田泰志選手の性格は?

非常に穏やかで真面目な選手としてチームメイトからも評価されています。

 

ただやはり精神的な脆さはかなり持っていて、巨人という球界でも一番のプレッシャーがかかる球団ではなかなか活躍出来なかった事を見てもかなり精神面では課題を抱えているかもしれません。

 

しかしこんな優しい大田選手にも珍しく怒ったエピソードがあります。

 

普段は温厚な性格だが、記者のある質問で怒鳴ってしまったことがある。2015年3月8日の阪神タイガースとのオープン戦終了後、記者から「最近はなかなか結果が出ず、打率は2割を切りそうな状況(試合前は打率.208)だったが?」と質問を受けている最中に、「そんなのじゃない!そんなことにおびえていたら野球にならないから!」と遮った。後日、大田のもとに謝罪に行くと、大田は「あれは違う聞き方があるだろ」と笑って許したという。ちなみに、この記者は2015年シーズンからプロ野球を担当する巨人の記者で、プロ7年目の大田と同い年である。そのため、記事では「“先輩”から学ばせてもらった」と書いている
引用:wikipedia

やはり巨人ではかなり追い込まれていた部分もあるんでしょうね…

でも後々のフォローを見てもやっぱり優しさに溢れていますよね!

 

日本ハム移籍後も杉谷拳士選手と仲良くしている姿が見られたり、中田翔選手にかわいがってもらっていたりと、コミュ力はかなり高そうです。

 

大好きな選手なので日本ハムでも楽しくプレイしてほしいですね!

大田泰志選手の結婚相手は?

大田選手は2014年に1歳年上の一般女性と結婚しています。

 

なかなか一軍に定着出来ず、苦しんでいた時期だけにこの結婚をきっかけにレギュラーを掴んでほしいなとファンの方は思っていたでしょうね!

 

本人もこれからは一人じゃないと決意を表明していただけに、心配と期待が入り混じった意見が多かったかもしれません。

 

結局巨人ではレギュラーをとれませんでしたが、日本ハムでは活躍の兆しを見せているのでお嫁さんと一緒に頑張ってほしいですよね!

 

2017年現在ではまだお二人にお子さんはいらっしゃらないそうです。

 

大田選手って巨人時代だと坊主頭か短髪がメインだっただけに、日本ハムへいって髪を伸ばして少し染めたりしてると凄いイケメンだったのが意外でした。

 

 

恰好良いですよね…

素朴な青年から雰囲気のあるベテランみたいになっててビックリしました…

まとめ

巨人では才能を開花させれず、未完のままで終わってしまった大田選手ですが日本ハムではブレイクの前兆を見せています。

 

環境を変えて未完の大砲が球界の大砲へと進化するのか、期待がとにかく膨らんでいます!

 

ファンも多い選手だけに是非パリーグを代表する打者へと成長を見せて欲しい選手ですね!