出典:ベースボールキング

 

 

プロ入り前から大器と言われ、現在では最早西武のエースへと成長したと言っても過言ではない菊地雄星選手!

 

そのサウスポーから繰り出される威力のあるストレートは圧巻ですよね!

 

年々変化球の種類も増えて来て、完全にプロの一流投手として完成してきた感じがしますよね。

 

岸選手や涌井選手が抜けて、チームを引っ張るエースとしての自覚に目覚めてきているのが背中を見ててもよく解りますね!

 

近年では美人さんと結婚してますます充実ぶりを見せる菊地雄星選手…

 

今回はそんな彼の成績や性格、お嫁さんについて紹介します!

スポンサーリンク

菊地雄星選手のプロフィールは?

出身地:岩手県盛岡市
出身高校:花巻東高校
生年月日:1991年6月17日
身長:センチメートル
利き腕:左投
打席:左打
ポジション:投手
年俸:1億円+出来高(2017年現在)

引用:wikipedia

 

岩手県の盛岡市で生まれた菊地選手は、小学3年生の時に野球を始めました。

 

小学生時代はファーストでしたが、中学の時に投手を始め3年時の春には東北大会で準優勝を果たします。

 

その活躍により東北選抜に選ばれ、全国大会準優勝に貢献する活躍を見せ名門花巻東高校へと進学を決めます。

 

菊地選手の名前が大器として全国に知れたのは、高校1年時の夏の甲子園大会でした。

 

1年生ながら甲子園のマウンドに立ち5回を1失点に抑えただけではなく、高校1年生にしてサウスポーでストレート145キロを記録。

 

このインパクトで甲子園ファンを沸かせました。

 

残念ながらここでの1失点が決勝点になってしまい1回戦で姿を消しますが、この選手が成長したらどうなるのだろう?という大きな期待を寄せられました。

 

3年時のセンバツで甲子園に帰ってきた菊地選手…

 

その時に記録したストレートは最速152キロを計測し、圧倒的なピッチングを見せ花巻東高校を準優勝に導きました。

 

元々投手の左腕というだけで野球では有利と言われています。

それで更に150キロを当たり目に記録する選手なんて、滅多に出てきませんからプロからも大注目となりましたね!

 

更にその年の夏にも甲子園に戻ってきた菊地選手は最速154キロのストレートを記録。

最早疑いようもない、「大器」としてファンやプロのスカウトにも知られる存在となりました。

 

自分も甲子園を見ていましたが、そのスピードには驚きましたからね。。コントロールはまだまだ高校生っぽさを見せていましたが…

 

その大会途中で肋骨を骨折してしまい、無念の夏に終わりますが菊地選手はその年のドラフトの目玉として一番の注目を集めました。

 

そのスカウトの中にはメジャーリーグのスカウトも多く、最後の最後まで日本とアメリカどちらでプレーするか悩んでいる姿も見せていました。

 

最終的には自分でまだまだ実力不足と把握して、日本のプロ野球への進路を発表しました。

 

2009年のドラフトではまさに「菊地争奪戦」となり、なんと西武、阪神、ヤクルト、中日、日本ハム、楽天の6球団からの1巡目指名を受けて競合の末に西武が交渉権を獲得。

 

6球団の1巡目指名は凄すぎますよね?実在する球団の半分からの1位指名ですもんね。

それだけ圧倒的な評価を受けていたことが解ります。

 

こうして菊地選手は鳴り物入りで日本プロ野球界へ入ります。

スポンサーリンク

菊地雄星選手の成績や年俸は?

埼玉西部ライオンズに入団を決めた菊地選手は、契約金1億円+出来高5000万、年俸1500万円で契約。

 

新人に出す条件としては上限と言っていいレベルの評価で西武に入りました。

 

球団のスター候補として扱われた菊地選手は、選手としての登録名を「雄星」として下の名前で登録する事にして、菊地選手を西武の目玉として扱っていました。

 

しかし、1年目には左肩を故障してしまい1軍での登板はなく、二軍でも5月を最後に投げる事は無くなり初年度はリハビリメインの生活となってしまいます。

 

そして本人が客寄せパンダ扱いを嫌ったのか、登録名を雄星から「菊地雄星」という本名に戻す希望が出て、変更されました。

 

2年目には開幕一軍入りを果たすも、すぐに二軍落ち。

 

しかし6月にはプロ初勝利を記録して、8月にはプロ初完投勝利を挙げるなど頭角を現し始めます。

 

この年は結局10試合に登板し4勝1敗、防御率4・14とまずまずの成績をあげました。

 

まだ高卒2年目の選手ですからね。

この成績でも充分凄いんですが、菊地選手は期待値が高すぎた為、ファンはまだまだ満足がいかない様子が見て取れました。

 

3年目は開幕までには調子が上がらず、二軍スタートとなります。

 

しかし7月には一軍に昇格し、プロ入り後では最速となる150キロのストレートを計測。

 

高校で154キロを出していた菊地選手にしては物足りなく映るかもしれませんが、故障の影響もあり球速を落としていただけに、150という数字はファンやスタッフを安心させましたね!

 

そしてこの年は17試合に登板し、プロ入り初セーブも記録。

成績は4勝3敗1セーブ、防御率は3・10と前年より数字を上げました。

 

年俸はこの年には2300万円になりました。

 

2013年の4年目には開幕一軍入り。4月にはプロ入り初完封+プロ入り後最速のストレート153キロを記録し、いよいよ本格化の気配を見せ始めます。

 

菊地選手の好調は続き、7月の時点で9勝を挙げ、オールスターにも初選出される活躍を見せます。

 

これは誰もが二桁勝利確定かな?と思って見ていたのですが、8月には痛恨の左肩の故障で離脱。

 

そのままシーズンを終えてしまい惜しくも9勝のまま終わります。

 

しかし成績は9勝4敗、防御率も1・92と素晴らしすぎる数字を残しており、怪我をしていなかったら…と悔やむ成績になりました。

 

しかし2013年のシーズンで完全に首脳陣の信頼やファンの期待にも応え結果を出した菊地選手は、先発ローテーション投手の座をこの年で完全に手中にいれました。

 

入団前の期待値からすると遅いと感じるかもしれませんが、これでも充分に凄い事なんですけどね…

 

プロ入り4年目ってまだ22歳ですからね。大学生なら、まだ学生の年齢ですし…

西武もじっくり育てる方針に切り替えたので、順調に育っていく菊地選手を見れた気がします。

 

2014年も勿論開幕からローテーションに入りますが、この年は開幕から不振に苦しみ規定投球回数に届いて居ないのにリーグでワーストトップの78個の四球を与えてしまいます。

 

やはり懸念されていたコントロール面での脆さを露呈してしまい、この年は5勝11敗、防御率3・54と前年から数字をかなり落としてしまいます。

 

個人的に左腕の速球派は石井一久選手などを筆頭に、コントロールに苦しむ投手が多い気がします。

 

2015年には復調を見せて9勝10敗、防御率2・84とかなりいい数字を残します。

 

援護不足にも苦しみ負け越しにはなってしまいますが、前年よりも四球数は55個とかなり減らしており、良化したと言い切れる年でした。

 

9月にはプロ野球一軍戦での左腕投手での史上最速となる157キロを記録し、周囲を驚かせました。

高校時代から150キロ台の速球を投げていただけに、凄い素材だとは思っていましたが更に球速に伸び白があるとは思いませんでした。

 

左で160キロも夢ではないかもしれませんよね!

 

そして菊地選手が西武のエースとして認定される年となる2016年…

 

この年は開幕投手も務め、自身初の規定投球回数に達して防御率ランキングでも2位に食い込むなど完全にプロでもトップクラスの投手として認められる数字を残します。

 

成績は12勝7敗 防御率は2・58と堂々たるものとなりました。

 

年俸はここで1億円+出来高になり見事に1億円プレイヤーの仲間入りを果たしました!

 

偉大だった先輩たちが抜けて、エースとしての座を託される事となり期待に応え始めた菊地雄星選手。

 

この先左腕としては史上初の160キロや、大エースへの成長が見られる選手かもしれませんね!

菊地雄星選手の性格は?

菊地選手はとにかくマイペースと言われています。

 

先輩選手に指導をされている間にも聞いていなかったり、コーチのアドバイスは叱咤激励にも反抗的な態度を取る事があったとは言われています。

 

以前西武の打撃コーチで元楽天監督のデーブ大久保氏との確執も問題となって、デーブ氏が解雇されるという事件にも発展しています。

 

これはデーブ氏にも多く問題があった本人も楽天の監督を退任後「後になって大変な事をしたと解った」と語っているように、菊地選手が悪いという訳ではない気がします。

 

プロ入り後すぐに契約金から高価な酸素カプセルを購入して、部屋に置いて「後輩にもぜひ使ってほしい」と言っているような後輩の面倒見がいい事でも知られており、優しい性格なんだと思います。

 

その酸素カプセルは部屋の広さに大して大きすぎて、説明書をよく読まずに使用してすぐに故障させてしまうという天然なエピソードにもなっていますが… 笑

 

マイペースと天然は紙一重な部分なので、そこを誤解されてしまう事も多いんでしょうね!

 

私服がかなりヒドイと一時期噂になりましたが、あれは先輩選手からの貰い物だっただけみたいですね。。

 

しかし自分はプロで成功するのにマイペースな事は大事な事だと思いますし、これからも自分自身を崩さずに進んで行ってほしいと思います!

 

イチロー選手などもマイペースで成功していますしね!

菊地雄星選手のお嫁さんは?

菊地雄星選手は2016年にフリーアナウンサーだった5歳年上の「深津瑠美」さんと結婚しています。

 

このお相手の深津さんは知る人ぞ知る超美人で、大学生のころからには読者モデルとしてグランプリになるほどの活躍をする方だったそうです。

 

アナウンサーになってからも「美しすぎるアナウンサー」として有名な方でした。

 

元々菊地選手は深津さんのファンだったそうで、ずーっとお誘いをしていたそうですが深津さん自身がスポーツキャスターの為、「公私混同してはだめ」という理由で断り続けてきたようです。

 

知り合いに2年ぐらいの期間頼み続けて、一度だけやっとOKを貰ってそこから交際まで発展させたみたいですね!

 

たった1度のチャンスを活かしてモノにしてしまう所が凄いですね…

 

そして出会って半年でのスピード結婚…速球だけではなくプライベートのスピードも凄いですね!

 

2016年に菊地選手が好成績を残せたのは、深津さんの存在も大きかったのかもしれませんね。

 

野球選手の成功の秘訣は、年上のアナウンサーとも言われることもあるぐらいですしプライベートを充実させた菊地選手は更なる飛躍が期待出来ますね!

 

【まとめ】

高校時代から「大器」と騒がれ、とうとうその大きな器を開花させ始めた菊地雄星選手。

 

美人なお嫁さんも貰って公私ともに充実期を迎えていますね!

 

プロのNO1左腕と呼ばれる日はそう遠くないかもしれませんね!