出典:yahoo

 

現在では大人気球団読売ジャイアンツでスターとして活躍する坂本勇人選手。

常に明るく、コミュニケーション能力も高く、キャプテンまで務めています。

 

ですがそんな彼にも辛いエピソードがあり、幼いころには両親が離婚してしまい母子家庭で育っています。

この母親から大きな影響を受けているといわれる坂本選手。

 

しかし坂本選手がプロ入りした2007年に母親を亡くしています。

 

そんな坂本選手の母親との絆を感じるお話を紹介します。

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坂本勇人選手の幼少期の母親とのエピソード

出典:ツイッター

 

坂本選手は兵庫の伊丹市に住んでいて、小学校入学を機に少年野球チームの「昆陽里タイガース」に入団しました。

そのチームでは坂本選手は投手を務めていて、なんとチームメイトには現在はメジャーで活躍する田中将大選手が捕手を務めていました。

 

元々左利きだった坂本選手ですが、野球を始める時には右利きの兄のグローブを付けたことから右投げとして定着したそうです。

母親が「勇人は右利きやった!」と気付いたときにはすでに坂本選手は、右利き用のグローブですっかり慣れてしまったいたそうな。

 

お母さんがこの時左用のグローブを買い与えていたら、現在の坂本選手は無かったかもしれません。

 

更に当時中心選手だった坂本選手と田中選手ですが、どうしても田中選手にバッティングで勝てなかった坂本選手。

 

元々両打ちで右投手には左打席、左投手には右打席に入って打席に立っていた坂本選手ですが、母親から「右打ちに専念したら?」とアドバイスを貰い、それをきっかけに成績が向上したそうです。

 

またしても母親の行動がきっかけで、坂本選手の現在での右打席での天才的なバッティングに繋がっていると考えると何か感じる物がありますね…

 

チーム在籍時には母親がチームメイトを車で送迎してくれたりと、坂本選手の野球に沢山の協力をしていくれたそうです。

 

もう聞いてるだけで息子想いの優しい母親像が見えて来て、とてもいいお母さんだったという事が想像出来ますね;

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母親との別れ、命日へ母へ捧げる決勝打

出典:サンスポ

 

坂本選手の母親、「輝美さん」は坂本選手が見事ドラフト1位で巨人へ入団した2007年に末期の小腸がんで余命宣告を受けました。

 

プロに入りたてでまだ二軍の試合に出ていた坂本選手は、当時の二軍の試合にその母親を招待します。

その試合で坂本選手は見事にホームランを放ちました。

そしてこう語っています。

「母親も長くはないのでホームランを見せられてよかった」

余命わずかで呼んだ試合でキッチリをホームランを放ち、親孝行する所が坂本選手のハートの強さを感じますね。

 

この1か月後に輝美さんは他界され、天国へ旅立たれます。

 

その後も坂本選手は活躍を続け、母子家庭だった影響もありとても子供にファンサービスの良い選手となりました。

児童養護施設に寄付をしたり、子供に野球を教えたりと積極的に社会貢献を果たしています。

 

子供が大好きで、子供からも大好きな選手として挙げられる坂本選手。

母親からとてもいい影響を受けたことが容易に想像出来ますね。

 

近年の2016年にも母親の命日となる6月19日に大活躍し「良かったです」と語り、今でも母の日には登場曲を「LeTTER~おかんに贈る音の手紙~」という曲をかけています。

 

普段は明るさの塊の様な坂本選手ですが、紆余曲折を経て大人になっていった過程に母親の影響も沢山受けて現在があります。

 

いつまでも親への感謝を忘れずに、子供達へも辛い思いをさせないように活躍し続ける坂本勇人選手という人間は素晴らしいスポーツ選手ですね。

まとめ

見ている人を明るくするような性格で、元気がウリの坂本選手にも過去には辛い事もありました。

 

しかし現在ではそれを微塵も感じさせないような活躍と表情を見せていて、子供達の憧れの存在となっています。

 

天国にいるお母さんも今の坂本選手を見たら喜んでくれているでしょうね!