打てる守れるキャッチャーとして、長い間ジャイアンツを引っ張ってきた阿部慎之助選手。

 

ノリ出すと止まらない異次元のバッティング…周囲を引っ張る圧倒的なリーダーシップ…、ここ近年のキャッチャーとしては突出した存在ですよね!

 

「うなぎ」と呼ばれる愛嬌のある顔や、サヨナラの慎ちゃんと言われるほど大事な場面での精神力の強さ、本当に巨人ファンの方からすると頼れる存在だと思います。

 

そんな不世出のキャッチャーと呼ばれる阿部選手の詳しい事が気になりますよね!

 

その性格や成績、奥さんは誰なの?等…

 

そこで今回は阿部選手の詳しい情報を紹介します!

阿部慎之助選手のプロフィールは?

出身地:千葉県浦安市
出身高校:履正社高等学校
生年月日:1979年3月20日
身長:180センチメートル
利き腕:右投
打席:左打
ポジション:捕手 → 一塁手
年俸:2億6,000万円(2017年現在)
引用元:wikipedia

 

父親が、あの阪神で大活躍した掛布選手と同期で甲子園にも出場していたそうです。

 

それに憧れた阿部選手も、左打ちとなり父が守っていたキャッチャーというポジションを守る事に、影響を与えたそうな…

 

そんな阿部選手は小学校から軟式チームで野球を始め、基礎を学びました。

 

高校は安田学園高校へ進み、38本塁打を放ちますがここではまだ超有名というレベルではありませんでした。

 

阿部選手が全国クラスの知名度となったのは大学時代。

 

中央大学商学部に進学した阿部選手は、東都大学野球連盟で2部リーグだったチームを、1部リーグへ引き上げる大活躍を見せました。

 

3年生時には1部に昇格しても活躍は衰えず、ベストナインに選ばれる活躍を続けます!

 

その活躍からシドニーオリンピックに選ばれる等その名を轟かせました!

 

そして当時の制度としてあった、選手がチームを逆指名出来る制度を利用して、読売ジャイアンツへ1位で入団。

 

その際に、契約金の上限は1億円となっていましたが、裏では10億円の契約を結んでいたという噂も出ていました…

色々とスケールが大きい選手ですよね!

スポンサーリンク

阿部慎之助選手の成績や年俸は?

 

デビュー年の2001年の開幕戦から、巨人では山倉和博選手以来23年ぶりとなる「新人開幕捕手スタメン」の座を勝ち取り、初打席初安打初打点で華々しいデビューを飾ります!

 

当時の巨人は、それまでレギュラーだった村田真一捕手が高齢となっており、若手捕手の台頭が不可欠だった事もあり、育てながら試合に出すという方針もあって、初年度から127試合の出場を果たします。

 

デビュー年から13本のホームランを放ち、周囲を驚かせました。

 

2年目からは完全に巨人の正捕手として固定。2002年に4回のサヨナラ打を記録して「サヨナラ慎ちゃん」というサヨナラ男の代名詞となりました。

 

4年目の2004年には6試合連続ホームランや4月に16本のホームランを放って王貞治選手の球団記録を更新するなど、開幕から超ハイペースでのホームランを積み上げました。

 

後半は失速と故障もあり、最終的には33ホームランでこのシーズンを終えます。

 

しかし、初の規定到達+打率3割も記録する等、守備の負担が一番大きい捕手の上に、球界を代表する打てるキャッチャーとして、完全に地位を確立しました。

 

それからも日本では完全にトップと言っていい捕手として、巨人でのクリーンナップとして打撃、守備共に大貢献を果たし続け巨人を支え続けていきました。

 

年俸は2011年には4億円を突破!

 

2012年には初の個人タイトルとなる首位打者、打点王、最高出塁率の3つのタイトルを獲得。

 

打率.340 ホームラン27本 打点104と、「統一球」というこの年導入された俗に言う「飛ばないボール」が使用され、ほとんどの打者が成績を落とす中、阿部選手は成績を上げてしまいます。

 

一時はホームランでもトップに迫り、まさかの打率、ホームラン、打点の全てのタイトルを獲得する「三冠王」まで見える好調ぶりでした。

 

残念ながら後半僅かに届かずホームランは2位で終えてしまいますが、統一球での打低時代の中この成績はまさに異次元と言えるでしょう。

 

そして2013年のピーク時には年俸が6億円越え!

 

阿部選手がいなければ優勝出来なかったシーズンが何度もあったと言っても過言ではないぐらいの、中心選手と言っていいと思います。

 

それを解っているから、巨人も年俸を惜しまなかったんでしょうね…

 

WBCでも2009年には日本を金メダルに導く活躍を見せる等国際試合でも勝負強い打撃は健在で、城島選手が引退後は、正に日本一のキャッチャーとなりました。

 

そんな阿部選手も高齢になり、故障も増えて来て2014年にはキャッチャーからファーストへコンバート(守備位置変更)され、打撃に専念する事となりました。

 

しかしチームの中で、阿部選手の偉大すぎる捕手としての実力の陰で後継者と言える存在は育っていなく、ファーストに専念するとした後でも度々捕手として起用されました。

 

捕手というポジションは「グラウンドでの監督」と言われるぐらい大変なポジションなだけに、どこのチームも偉大なキャッチャーが先陣にいると世代交代が上手くいかないんですよね…

 

そんな巨人にもドラフト1位で小林誠司選手が入ってきて、阿部選手もやっとファーストに専念する事となりました。

 

偉大な先輩からアドバイスを受け育っていく、若手捕手との世代交代。

寂しくもあり、嬉しくもある事ですよね!

 

怪我によりキャッチャーとしての阿部選手は、終わりを迎えましたが打者としての阿部選手はまだまだ若手に負けないどころかチームでもトップクラスの打撃を未だに誇っています。

 

この阿部選手を打者としての世代交代させる選手が出てくることが、阿部選手も安心させて、現役を引く決断をさせるんでしょうかね…?

 

2017年にも開幕カードでいきなりサヨナラホームランを放つ等、まだまだ勝負強さを見せつけています。

 

素晴らしい活躍をした選手だけが入る事が出来る「名球会」の入会資格となる、2000本安打も目の前に見えて来ていますし、将来は巨人の監督候補と言われていて、これからも巨人軍を引っ張っていくのは間違いないでしょうね。

スポンサーリンク

阿部選手の性格は?

自分にも厳しく、チームメイトや仲間にも厳しい性格と言われています。

 

しかし、キャッチャーというポジションを長くやっているだけあって、気遣いの面では幅広く出来る人という話ですね!

 

試合を見ていると、ピッチャーがミスをしてしまった時に、阿部選手に叱られる場面等を結構見かけて、投手がかなりビビっているのを覚えています 笑

 

あのお茶目な坂本選手等も、阿部選手から上は大先輩として敬っていることからしても、怖くて厳しくも頼りになる先輩という感じなんでしょうね!

 

澤村選手が頭を試合中に引っぱたかれてるのはちょっと震えました…

 

最早選手内では第2の監督みたいな感じのオーラが出ていますね!

阿部選手の妻は?

2006年に一般会社員の「石田悠」さんと結構しています。

 

一部スポーツ新聞にも、顔が掲載されていましたが、プロ野球選手のお嫁さんらしく、すっごい美人!というのが僕の個人的な感想でしたね!

 

阿部選手と結婚するまでは、日産で「ミス・フェアレディー」を務めていたなど、コンパニオンのような仕事らしいのですが…

 

日産ミスフェアレディーというのは日本を代表する大企業の車を代表して宣伝するコンパニオンという事もあり、ちょっとやそっとの美人ではなれないそうな…

 

やはり大物選手と結婚する人は一般人と言っても、凄い人が多いですね!

 

二人の馴れ初めは普通に友人の紹介だとか…

 

結婚時には

「いい時も悪い時もずっと近くにいて、色んな意味で支えてくれた」

「結婚して駄目になったと言われたくない」

 

と石田さんへの感謝と自分への厳しさを見せている所が阿部選手らしいですね!

 

そんなお二人の間には現在3人のお子さんがいるそうです。

 

詳細は発表されていませんが、子沢山で幸せそうな家庭ですね!

まとめ

 

日本一有名で、日本一プレッシャーの強いチーム「読売ジャイアンツ」を長い間支えてきた阿部慎之助選手。

 

まだまだ現役としても大活躍を見せてくれそうですし、将来的には指導者としても巨人でその手腕を発揮してくれそうですね!

 

この先も阿部選手からは目が離せません!