出典:スポニチ

 

2015年までは巨人の一軍のロングリリーフや僅差でのリードを許した試合で安定感のある中継ぎとして活躍を続けていた高木京介選手。

 

なんとその成績はプロに入ってから139試合に登板し、未だに負け星が0というとんでもない記録も持っています。

 

しかし2016年の開幕前に巨人に衝撃の野球賭博問題が発覚し、1年間の失格処分がくだってしまい、一度自由契約になってしまった事も…

 

2017年には失格処分が解け、再び巨人に育成選手として契約され一軍復帰を目指しています。

 

一度道を踏み外してしまったとはいえ、プロで無敗の貴重な中継ぎ投手だけに復帰も待たれていますね!

 

今回はそんな高木京介選手のプロフィール詳細について紹介します!

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高木京介選手のプロフィールは?

出身地:石川県能美市
出身高校:星陵高等学校
生年月日:1989年9月5日
身長:183㎝
利き腕:左投
打席:左打
ポジション:投手
年俸:230万円(2017年現在)

引用:wikipedia

高木選手は小学校3年で野球を始め、厳しい父親の下で野球漬けの生活をしていたそうです。

 

松井秀喜選手の出身でも有名である名門星陵高校へ進学し、高木選手も松井選手の愛称である「ゴジラ2世」と呼ばれていました。

 

1年の秋からエースで4番に定着しますが、いつも惜しい所で甲子園出場を逃し、悔しい思いをさせられます。

 

3年の夏にはとうとう甲子園に出場し、打席では4打数4安打と大当たりでしたが1-3で敗退。

 

高校卒業後は国学院大学へ進学し、1年生時の秋からは投手一本に絞り専念します。

2年の春のリーグ戦から3シーズン連続で投手十傑に入るなど国学院のエースとしてチームを引っ張りました。

3年時には左肘を故障し離脱しますが、4年の春には復帰し、その後もエースとして活躍を続けます。

 

大学時代のリーグでの通算成績は39試合に登板し、9勝21敗、防御率2.21、154奪三振を記録。

勝敗では大きく負け越しますが打線の援護が乏しく、高木選手自身の防御率は2.21と高い数字を記録していて、実力の高さを示しています。

 

2011年のドラフト会議では読売ジャイアンツから4位で指名され、プロ入りを決意。

高木京介選手の成績や年俸は?

出典:日刊スポーツ

 

高木選手は読売ジャイアンツと契約金5,000万円、年俸800万で契約します。

2012年

ルーキーイヤーの2012年はオープン戦で結果を残し、開幕一軍入りを果たします。

開幕2戦目となる3月31日のヤクルト戦で中継ぎとして一軍公式戦デビュー。

 

左肩痛で4月には一時登録を抹消されますが、6月に再登録され復帰。

7月の阪神戦では一軍初勝利も記録しています。

 

その後も中継ぎとして一軍に定着し、7月4日から9月18日まで23登板連続無失点のセリーグの新人投手記録を達成。

 

更に29登板連続無失点まで記録を伸ばし、セリーグの左腕投手記録も樹立。

 

新人中継ぎ投手として記録尽くめの年となりました。

 

2012年の成績は34試合に登板し、防御率は0・57、2勝0敗、10ホールド、1セーブという素晴らしい成績で終えます。

特に防御率0・57はパリーグを含めた救援投手を含めても、最も優秀な成績でした。

 

年俸は800万円から2,000万円へアップ。

2013年

2013年はWBCの為にチームから投手が3人抜けている事情から、オープン戦では先発投手として起用されます。

12イニングを無失点に抑えますが、公式戦では結局中継ぎとしてスタート。

 

3月31日にエルドレッド選手にホームランを浴び前年から続いていた無失点記録は31試合で途切れます。

 

しかし開幕3試合全てに登板し、救援なのにいきなり2勝を挙げるという勝ち運の強さをこの年からすでに見せています。

 

しかし2013年は基本相手にリードした試合で投げる時ばかりでしたが、かなり打ち込まれる場面が増え、防御率は大幅に悪化。

 

2013年の成績は46試合に登板し、3勝0敗、防御率4・34、6ホールドと防御率の数字が大幅に低下。

年俸は300万円アップの2,300万円で契約更改しました。

2014年

2014年はオープン戦の期間中にインフルエンザへかかってしまい、3年連続の開幕1軍入りを果たしますが、調子が上がらず3か月の間2軍で調整となりました。

 

更に2軍で調整中の7月には練習へ向かう途中で車を運転している最中に、対向車線を走っていたライトバンと正面衝突の事故にあい、右腕を打撲。

怪我やインフルエンザの影響で満足に投げれない1年となり、プロ入り以来初の未勝利で2014年を終えました。

 

2014年の成績は26試合に登板し、0勝0敗、防御率は4・76、4ホールドと自己ワーストの数字となります。

年俸は230万円ダウンの2070万円で契約。

2015年

2015年は順調に4年連続の開幕一軍入りを果たし、5月14日で「一軍公式戦初登板から117登板連続無配」という日本プロ野球記録を樹立。

無敗記録は139試合まで伸ばしながら、シーズンを投げ切ります。

 

ただ無敗記録を伸ばすためか、リードされた場面や大量リードの場面での登板が多く、負けが付く場面での登板が少なかった為に、この記録に疑問を呈する人も少なくありませんでした。

 

2015年の成績は1勝0敗1ホールド、防御率は2・20という成績で終えます。

年俸は2800万円へアップ。

2016年

2016年は後述に述べる処分により出場は無し。

2017年

育成選手契約となり3軍から再スタートとなっています。

5月には二軍へ上がり、公式戦への復帰登板も果たしています。

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野球賭博問題による一時失格処分

出典:産経ニュース

 

この事件は2015年当初、もう一人の関与選手でもある福田聡志選手のもとへ賭博関係者が借金百万円以上を二軍のジャイアンツ球場へ取り立てに来た事から騒ぎとなりました。

 

2015年の10月には福田選手が笠原将生選手の知人を仲介とした賭博行為に関与していた事がジャイアンツから事が発表されます。

 

2015年の時点では笠原将生選手、松本竜也選手、福田聡志選手が賭博に関与していたとされていて、2014年のプロ野球や高校野球を対象とした野球賭博、更に麻雀やバカラといった賭博も行っていたことが判明。

 

携帯電話から野球賭博関連のメールを削除し、野球賭博常習者と言われる最初に賭博に誘われた飲食店経営者と結託し、「金ではなく食事を賭けていた」と口裏を合わせて虚偽の報告を行うように指示していたとされています。

 

2015年11月に巨人は緊急会見を開いて、野球賭博に関与していた「笠原選手、福田選手、松本竜選手」との契約解除を発表。

 

この問題の監督責任として、原沢敦氏(読売巨人軍専務取締役兼球団代表)が辞任するなど大きな影響が及ぼされました。

 

事件後巨人の全選手、職員に対しヒアリングを行い、契約解除となった3人は野球賭博でだけではなく「裏カジノ」へ出入りしていた事も発表。

 

更に今回野球賭博で表沙汰になった3人以外にも、およそ10人の選手が賭けマージャンや賭けトランプをロッカールームでしていた事が判明し、練習で守備のミスごとに1万円の罰金を取る事をしていたなど、球団内での賭け事が常習化していた事が判明。

 

球界の盟主と言われ「巨人の選手は紳士たれ」とも言われる程厳格なイメージを持つチームの内部崩壊に世間は大騒ぎとなりました。

 

11月にはNPBコミッショナーから野球賭博関与の3選手について「八百長行為は無かったが規定に違反している為に多くの野球ファンへの信頼を著しく損なう事でこの事件によるプロ野球界に与える悪影響は限りなく計り知れないものである」として無期限失格処分の裁定を下しました。

 

これは最低でも5年は解除されない追放処分であり、勿論この期間はNPBでのプレイは出来ず、更に日本と協定を結ぶ韓国、台湾、中国、アメリカでもプレイ出来ないという厳しい物でした。

 

5年間もプロから離れていたら、実質引退と同じ意味ですからね…

更に球団に対しても指導管理の不十分を理由に、罰金1,000万円の制裁金を課しました。

 

NPBコミッショナーによる野球賭博による選手の処分は1969年に起きた「黒い霧事件」以来の事でした。

 

これで事件は収束したかと思われましたが、2016年へなって更に賭博に関わっていた選手がいるという事が判明。

それが今回紹介している「高木京介」選手でした。

 

高木選手は2016年開幕前に「シーズン50試合登板」を目標にキャンプインしますが、3月8日に高木選手が野球賭博に関与していたとして球団から調査を受けていたことが、「週刊文春」に報じられました。

 

巨人はすぐに緊急会見を開いて、高木選手が実際に野球賭博に関与していたと発表し、この件を日本野球機構(NPB)のコミッショナーに告発する事を発表しました。

 

球団発表では2014年シーズンの序盤で、賭博の仲介の役目を果たしていた笠原将生選手から誘いを受けて数回に渡って賭博を行っていたそうです。

 

8,9試合に渡って賭けをしていましたが、50万以上負けが込んだためにすぐに賭けをやめて、それ以降は断っていたと言います。

 

最初の巨人による聞き取り調査では「笠原に名前を貸していただけ」と高木選手は発言して、否定を続けていましたが周辺の両親や知人から説得され正直に話す事を決意。

 

3月9日には記者会見を行い、賭博の事実を認め謝罪しました。

 

球団は野球協約180条に違反したとして告発状をコミッショナーに渡し、処分をNPBに一任します。

これを受けてコミッショナーは「高木に対して1年間の失格処分、巨人に対して制裁金500万円の処分」を科しました。

巨人はこの処分を受けて、高木京介選手との契約を解除。

 

2015年の問題だけではなく、2016年にも新たな問題が発覚した為に、渡辺顧問、白石オーナー、桃井会長が引責辞任してしまう大勢の人間を動かす事件となりました。

 

1年間の失格処分となった高木選手は1年間の処分停止明けに、巨人と育成契約選手として再契約しています。

 

まだ若く、他選手よりは常習犯では無くすぐに辞めていた事や正直に話して会見を開き謝罪した事などで反省の余地があると判断されたのかもしれません。

 

野球選手は社会に出たことが無く、野球以外でのモラルやマナーを学ぶ場が少なく横道にそれてしまう事や誘惑も多いだけに、今後は指導も徹底して社会性の底上げも図らないといけないんでしょうね。

 

未だに無敗の高木選手だけに、心を入れ替えてまた一軍へ戻ってくる事が期待されています。

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高木京介選手の性格は?

高木選手は芸能人ジミー大西選手に似ている事からチーム内では「ジミー」という愛称で呼ばれています。

 

野球賭博関与が発表された時も高木選手を知る人からは「予想外すぎる」と言われる程真面目な性格として知られています。

 

両親もとても厳格な方でしつけも相当に厳しくされていたとされ、恩師である星陵高校の林監督もこう語っています。

「星稜の名を汚してしまった。申し訳ありません」。8日夕、高木京投手の母校の石川・星稜高の林和成監督は、本人から携帯電話でそう伝えられたという。「言葉を詰まらせていた。高校時代、年末年始でも野球場に来て練習していた。真面目な性格だっただけに、賭博なんてしないと思っていた」
引用:SponichiAnnex

恩師も信じられないという程、普段からの内面の良さも相まって高木選手だけは賭博関与をした中でも巨人と再契約や1年の処分で済んだという理由の1つなのかもしれませんね。

 

まだまだ世間の反応は厳しいですが、頑張ってほしいですね。

高木京介選手のお嫁さんは?

高木選手は2014年に「友紀子」さんという一般人の方と結婚しています。

 

 

星陵高校からの同級生で、大学4年生の時から付き合っていたそうです。

真面目な性格と言われる高木選手らしい、一途な交際を続けてゴールインまで至っているところが「高木選手らしい」ですよね。

 

色々な問題に巻き込まれて、家族も苦しかったかもしれませんが2017年にはプロに復帰して再スタートを切っているだけに支えとなってあげて欲しいですよね。

まとめ

未だに「無敗投手」としてプロへ在籍している高木京介選手。

 

不祥事により1年間の浪人生活も味わいますが、再スタートを切っています。

 

事件が大事だっただけに、世間の反応は厳しい意見も多いですが気持ちをしっかりと持って一軍へ戻って来てほしいですね!