ゴールデングラブ賞の常連であり、中日のトップバッターや中軸としても最早欠かせない存在となっている大島洋平選手。

 

安定した守備力に毎年3割前後の成績を残すヒットメーカーぶり、20回以上の盗塁を決める俊足と、走攻守が揃った穴の無いプレイヤーですよね!

 

実力の割に年俸では評価されない時期もあって、揉めたりと結構年俸に関する面では揉めているイメージもある大島選手。

 

これだけの実力があるならば、もうちょっと評価されていいという声も目立ちましたね…

 

今回はそんな大島洋平選手のプロフィール詳細について紹介します!

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大島洋平選手のプロフィールは?

出典:naverまとめ

出身地:愛知県名古屋市緑区
出身高校:享栄高等学校
生年月日:1985年11月9日
身長:176㎝
利き腕:左投
打席:左打
ポジション:外野手(主に中堅手)
年俸:1億5,000万円 ※2017年から3年契約 年俸変動制(2017年現在)

引用:wikipedia

大島選手は小学校4年時に「名古屋平針HBC少年野球クラブ」で軟式野球を始めました。

 

中学ではボーイズリーグの「東海チャレンジャー」で投手兼外野手として活躍。

 

高校は享栄高校へ進学し、投手兼外野手として最後の夏には1番投手として4回戦までを0点に抑える活躍を見せますが敗退。

 

高校時代での甲子園出場は果たせませんでした。

 

進路は大学のリーグでもハイレベルと言われる東部リーグに在籍する駒澤大学へ進学。

 

その中でも3年生時の秋から3シーズン連続で打率3割を残し、4年時の秋には打率.395のハイスコアで首位打者も獲得しています。

 

大学時代の通算成績は83試合出場で、打率.290、本塁打1、打点20でベストナインを2度受賞。

 

大学卒業後は日本生命へ入社し、社会人野球へ進路を進めました。

 

日本生命では入社1年目から1番打者としてスタメン起用され、1年目の11月に開催された日本選手権大会では打率.563の成績を残し首位打者のタイトルとベストナインを受賞しています。

 

2009年のドラフト会議では中日ドラゴンズから5位指名を受けて入団。

 

入団会見には珍しい奥さんと子供を伴っての入団会見を行っています。

 

既に家族を持つ環境で、安定している社会人から競争次第ではすぐにクビにもなってしまうプロ野球に身を投じる事を随分悩んだとも発言していました。

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【大島洋平選手の成績や年俸は?】

出典:naverまとめ

 

大島選手は中日ドラゴンズと契約金5,000万円、年俸1,200万円で契約します。

2010年

1年目の2010年はキャンプ中に当時の監督落合博満氏から守備力を見出され、新人でありながらも1番中堅手として開幕スタメンの座を勝ち取ります。

 

4月と6月には二軍落ちを経験しますが、完全にレギュラーに定着とはいかないものの1年目から104試合に出場。

 

日本シリーズでも決勝タイムリーを放つなどして優秀選手賞も獲得。

記憶に残る活躍を見せました。

 

2010年の成績は打率.258、本塁打0、打点17とまずまずの成績。

年俸は1,200万円から1,800万円へアップとなりました。

2011年

2011年も開幕スタメンを勝ち取りますが、打撃不振に陥り5月には二軍へ降格。

しかしすぐに昇格し、その後は8番中堅手としてスタメンへ復帰しました。

 

8月にはプロ本塁打を記録しますが、前年と同じく規定打席には到達出来ず。

しかしゴールデングラブ賞を受賞しており、すでに守備力はプロでもトップクラスの実力を持っていました。

 

2011年の成績は96試合の出場で打率.243、本塁打3、打点18を記録。

年俸は1,800万円から2,500万円へアップ。

2012年

3年目となる2012年は大島選手のブレイク年となります。

荒木雅博選手と1,2番のコンビを組み、大島選手は2番を任され2012年のシーズン全試合に出場。

 

打率もリーグ3位となる.310を記録し、盗塁も32個を数え盗塁王のタイトルも獲得。

2012年の成績は144試合に出場し、打率.310、本塁打3、打点13、盗塁32と大きく数字を伸ばします。

 

しかし規定打席に到達しながら13打点はこの年の規定打席到達者の中でも最低の数字で、プロ野球記録でも歴代3位に入る打点の少なさでした。

「得点圏での大島は…」と言われる事も多い年となり、チャンスに弱い一面も見せます。

 

2012年の年俸は一気に3倍アップの7,500万円となりました。

2013年

2013年は肘の遊離軟骨によって肘が固定状態になっている故障に悩まされ、2012年の好成績からは大きく数字を落とす事となります。

 

2013年の成績は140試合に出場し、打率.248、本塁打3、打点27、盗塁19となりました。

 

年俸は7,500万円から5,625万円へダウン。

プロ入り後初のダウン提示となります。

2014年

2014年は開幕からスタートダッシュを決め首位打者争いにも加わっていましたが、夏からは不調に陥り成績がダウン。

 

それでも最終的にはリーグ4位の打率.318の成績を残し、ゴールデングラブ賞も受賞しました。

 

2014年の成績は打率.318、本塁打2、打点28、盗塁28、と2013年よりかなり持ち直し好成績を収めます。

 

しかし契約更改では落合GMに「今年の守備じゃ俺だったら使えない」と言われ、ドラフトでも外野手を2人指名し、「お前がそんなだから獲った」と言われ、かなりしこりを残す事となりました。

 

落合GM体制になってからチーム初の契約を保留者となり、7400万円の低評価に何度も交渉を続けました。

 

この年の中日はいわゆる「大減俸」を行っており、ルーキー選手ですらガンガン年俸を落とされていて冬の時代と言われています。

 

大島選手にも同情的な意見が多い契約更改となりました。

結局年俸は交渉しても上がる事は無く、大島選手は年俸7,400万円で契約。

 

個人的な意見としては年俸を抑えた代わりに、「中日は年俸が渋すぎる」というイメージを世間につけてしまった為に、今後の新人選手からはあまり好まれる球団では無くなるマイナスの方が大きかった策だと思っています。

 

2015年-2016年

2015年には2014年より打撃成績は軒並み落ちてしまいますが、4年連続の規定打席に到達を評価され、年俸は1600万円増の9000万円へとアップ。

 

2015年の成績は打率.260、本塁打6、打点27、盗塁22の成績で本塁打は自己最多を記録します。

 

2016年にはプロ7年目でのFA権利(フリーエージェント)を取得し、落合GMからの低評価などもあり、FA宣言し中日を出ていくのではないか?という意見も多い年でした。

 

しかし森繁和新監督体制になった事や、低評価される路線が少し収まった為か大島選手は残留を宣言。

 

成績も打率.292、本塁打3、打点27、盗塁26と安定した成績を残します。

 

契約更改ではFA権利を持つ選手という事もあって、1億5000万円(年俸変動制)の3年契約の好条件を提示されサイン。

中日の看板選手に出て行かれる事態は避けることが出来ました。

 

中日ファンからも大島選手には中日に居て欲しいという声が多く、球団側もやっと誠意を持って接した結果かもしれませんね!

 

 

大島選手は打撃や盗塁が目立ちますが、守備力ではゴールデングラブ賞の常連となっている程の名手で、その守備範囲には驚かされますよね。

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大島洋平選手の性格は?

出典:中日新聞

 

結構地味な印象がある大島選手ですが、その印象通り本人も前へ前へという性格ではなく温厚な性格をしているそうです。

 

しかしテレビでの日本シリーズ解説に呼ばれた際には解説として高い評価を受ける名解説を繰り広げて、関係者は意外な大島選手の才能に驚かされたとか…

 

プロに入った時点からすでに妻子を持っていたという変わった経歴の持ち主でもあるので、一家の大黒柱としての責任感がある為にやはり大人びていますよね。

 

中日の中でも性格のいい選手として名が知れている、好感の持てる選手ですね!

大島洋平選手の奥さんは?

大島選手はプロに入った時点ですでに妻子を持っていて入団会見にも奥さんとお子さんが一緒に登場するという変わった経歴も持っています。

奥さんの名前は「真世」さんという方です。

 

 

美人な奥さんですよね。

しっかり者の性格でプロへ進む際にも真世さんの後押しにより大島選手は決断が出来たと語っています。

 

プロの世界に飛び込んだ時点で、家庭を支える役目も担っていた大島選手だけにここまでの一流選手へのし上がれたのかもしれませんね!

まとめ

セリーグを代表するヒットメーカーへと成長した大島選手。

 

中日を出て行ってしまうんじゃないか?とも不安視されましたが、無事に残留を宣言してくれて中日ファンの方も安心しましたよね!

 

今後も球界を代表する選手として中日を引っ張って行ってくれるでしょう!