大阪甲子園の画像

 

甲子園には数年に一度「怪物」と呼ばれる選手が出現します。

 

その高校生離れした能力にファンの方は魅了され、スター選手の一挙一動に酔いしれます。

 

甲子園ならではの空気に、高校生という大人でもない子供でもない微妙な年齢の若者が大人顔負けのパワーやスピードを発揮するスター選手には独特のオーラが漂っています。

 

甲子園でスターだった選手も、プロでは全く通用しなかったり道を踏み外してしまったりと人生は色々。

 

今回はそんな甲子園の歴代スターのその後の人生や私的ランキングを発表します!

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第10位:浅村栄斗


2008年の甲子園で大活躍を見せ、全国区となった浅村栄斗選手。

 

その大会ではなんと29打数16安打(2本塁打)を放ち、「史上最強の1番バッター」として呼ばれます。

 

守備でも高校生離れした強肩を見せつけ、その全ての能力の高さで甲子園ファンを沸かせた存在でした。

 

高校卒業後は西武ライオンズへ入団し、西武の主力へと成長。

2017年現在でも西武ライオンズの主将としてプレイしています。

第9位:堂林 翔太

 

堂林翔太選手は高校時代はエースで4番として活躍し、3年夏の甲子園大会で大活躍を見せ甘いマスクも相まって甲子園のスターとなりました。

 

3年時の夏甲子園ではエースを務めながら打撃で打率.522 12打点 大会記録タイとなる6二塁打を記録しました。

 

更に守備でも強靭な足腰はバネを見せ、常に冷静な性格とストイックな姿勢から「ベースボールサイボーグ」の異名をとり、全国の野球ファンを沸かせました。

 

高校卒業後はドラフト2位で広島カープへ入団しプロ野球選手となります。

 

球団やファンの期待値ほど伸びきれず、レギュラー取りへ苦しい日々を送っています。

2017年現在でも広島カープでプロ野球選手として活躍中です。

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第8位:今宮 健太

出典:naverまとめ

 

今宮健太選手「大分の星」と言われ、明豊高校を甲子園に導きその超高校級と言われる守備と打撃で甲子園ファンを魅了しました。

 

投手としても高い能力を持ち、内野からマウンド上がり150キロを出す姿はスタンドからざわめきが起きました。

 

 

この万能ぶりはとんでもないですよね。

 

高校卒業後はドラフト1位で福岡ソフトバンクホークスに入団し、看板選手として活躍中です。

 

定位置であるショートの守備はプロの中でもトップクラスと言われていて、高い評価を得ています。

 

2017年現在もプロ野球選手としてプレイしています。

第7位:平田 良介

出典:naverまとめ

 

平田良介選手は、スターというよりも「甲子園の申し子」と言った方がシックリ来るかもしれません。

 

名門大阪桐蔭高校で1年から4番を打っていて、甲子園では清原氏以来の1試合3本塁打を放ち記録に名を刻みます。

 

かも過去の記録では甲子園にラッキーゾーンと呼ばれるフェンス前にホームランになるエリアがある時代の話で、正真正銘のスタンドに3本ブチ込んだのは平田選手のみ。

 

甲子園通算5本塁打は歴代4位。

甲子園でド派手なインパクトのある活躍をした選手でした。

 

高校卒業後は中日にドラフト1位され、プロ野球選手に。

中日の主力として毎年安定した打撃守備をする一流選手へと成長しています。

2017年現在でも中日でプロ野球選手として活躍中です。

第6位:香川伸行

出典:朝日新聞DIGITAL

 

香川選手は牛島和彦選手とバッテリーを組んでいた捕手で「ドカベン」と呼ばれる100キロを超える巨漢で高校野球ファンから人気選手でした。

 

巨漢の見た目通り桁外れのパワーを持っていて、甲子園で3試合連続のホームランを放つなど規格外の飛距離の本塁打を放つ選手として大人気を博しました。

 

 

ドカベンの名にふさわしい見た目とパワーですね!

 

高校卒業後は南海ホークスへ入団し活躍。

 

しかし1時期では体重が150キロを超えるなど、いくらなんでもプロ選手としては厳しいレベルまで増量してしまい怪我に悩まされます。

毎シーズンオフには香川選手が、様々な方法でダイエットをする姿が報道されるのが名物となっていました。

 

プロ引退後は開設者や評論家として活躍し、中学校の野球部コーチなども務めました。

2011年には色々な事業の失敗で自己破産していた事が判明しました。

 

2014年には自宅で倒れているところが発見され、心筋梗塞によりこの世を去っています。

見た目でもキャラクターでも愛される選手だっただけに、悲しいですね…

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第5位:元木 大介

出典:naverまとめ

 

元木選手は上宮高校を甲子園に3回導く活躍でスター選手となりました。

 

1989年の夏の甲子園では1試合で2本の本塁打を放って注目を浴びます。

甲子園通算6本塁打は清原氏に次ぐ第2位の記録。

 

端正なマスクに謎の天然発言をするキャラとして大人気となり、3年の大阪大会や甲子園には元木氏目的の女性ファンが大勢詰めかけました。

 

高校卒業後の1989年のドラフト会議では指名前から巨人入りを本人が希望しますが、1位指名はされず。

 

福岡ダイエーホークスが野茂英雄氏の外れ1位で元木氏を指名しますが、入団を拒否。

1年間ハワイに野球留学を決断します。

これは大学社会人に進むとドラフトまで数年の間が空いてしまう事を避けるためだったと言われています。

 

その翌年には巨人にドラフト1位され希望通り巨人に入団。

内野のどこでも守れるユーティリティープレイヤーとして活躍し、「意外性の男」としてセンスのある打撃で人気選手となりました。

 

故障により晩年は苦しみ、巨人から戦力外通告を受けた後も他チームから誘いもありましたが、「ジャイアンツが好きだから、入団したときからこのチームでいらないと言われたら辞めようと決めていた」と語り33歳の若さで引退。

 

引退後はテレビのスポーツコーナーのレギュラーを持ったり、開設者や評論家として活躍。

ラーメン屋などをオープンさせますが、経営に失敗して閉店。

現在はバラエティタレントとして活躍しています。

第4位:中田 翔

出典:asahi.com

 

1年生時から超名門でもある大阪桐蔭高校で5番、一塁手としてレギュラーを張っていた中田翔選手。

投手としても150キロを出せる肩力を持っていましたが故障で断念。

 

しかし打者としても規格外となる能力を持っていて、甲子園では4試合連続本塁打や、170メートル弾というとんでもない飛距離の本塁打を放つなど「平成の怪物」と呼ばれました。

 

 

甲子園でも歴代7位となる4本塁打に、高校通算87本塁打を放っていて、風貌や見た目も高校生とは思えないふてぶてしさが見える選手でした。

 

高校卒業後は日本ハムへドラフト1位で入団し、不動の4番として活躍。

2017年現在でもプロとして活躍しています。

第3位:清宮 幸太郎

出典:スポニチAnnex

 

清宮幸太郎君はラグビーの名選手だった清宮克幸氏の長男として生まれ、小学校時代から「怪物」としてテレビなどで注目される逸材として注目されました。

 

中学時代でも世界大会でポンポンホームランを打つ姿が報道され、将来のドラフト1位候補としてスターとして扱われています。

 

高校でも期待に応えるように早稲田実業を甲子園に導き、3年生の時点で2本の本塁打を記録しています。

 

その規格外の人気は近年の高校野球の野手選手としては異例の事で、清宮選手の試合だけナイターになったり、客席が特別に用意されたりと「清宮フィーバー」として盛り上がりを見せています。

 

2017年現在ではまだ高校3年生ですが、夏の甲子園に出場するのか?高校卒業後は進学なのか?プロへ行くのか?など現在からすでに大きな注目を集めています。

 

6月5日の時点で既に高校通算本塁打100本を記録していて、夏の大会を前にして既に高校通算本塁打歴代2位の記録となっていますね!

 

 

100号も場外で決める所が規格外の選手ですね!

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第2位:松井秀喜

出典:毎日新聞

 

松井秀喜選手は星陵高校を甲子園へ導き、悲劇のヒーローとして日本中の話題となった選手です。

 

「ゴジラ」と呼ばれ、あまりにも実力が飛び抜けていた実力のため、甲子園本戦で5打席連続敬遠を浴びてチームが敗退してしまいます。

 

 

この相手チームの行為には日本中で大きな批判や議論を生み、お茶の間のニュースでも連日この事件が報道され話題となりました。

 

高野連もこの事件で緊急記者会見まで開き、最早社会現象と言ってよかったと思います。

 

高校通算でのホームラン数は60本ですが、その飛距離は「ゴジラ」の名にふさわしいもので「高校生の中に一人だけプロが混じっていた」「20年に1人の怪物」と言われるほどのパワーを見せつけていました。

 

高校卒業後はドラフトで4球団から競合指名を受けますが、長嶋茂雄監督が松井選手を見事引き当て、巨人でプロ入りとなりました。

 

プロ入り後は期待通りに成長し、日本を代表するホームランバッターとなり巨人の主砲として活躍。

 

その後FA権利を使用し、メジャーリーグのニューヨークヤンキースへ移籍してワールドシリーズMVPを受賞するなど、日本人の長距離バッターとしてはトップの実績を残します。

 

2012年に引退を発表し、日本中から惜しまれながら引退しました。

その後はヤンキースで臨時コーチを務めたり指導の道への下積みを経験。

更にヤンキースGMアドバイサーなど野球に関わる活動を続けています。

 

甲子園本番でも活躍はしたのですが、成績だけなら松井選手以上の選手は一杯存在しますが、5打席連続敬遠という二度と起きえ無さそうな事件が起きてしまったのも松井選手が「怪物」だったからですね。

 

メジャーでも30本塁打を放てる選手が次に一体いつ出てくるのか…

それほどに偉大な選手でした。

第1位:清原和博

出典:産経WEST

 

清原和博選手は高校へ入学する前からすでに超大物として知られていて、中学卒業前には30近い高校からスカウトされるほどの素質の持ち主として知られていました。

 

高校入学後は桑田真澄選手と共に「KKコンビ」と言われ、当時最強と言われたPL学園の黄金時代を築きました。

 

甲子園出場回数は5回と高校生が出場出来る甲子園には全て出場しており、そのうち2回の優勝2回の準優勝とまさにPK学園が圧倒的な強さを誇る時代を築きます。

 

清原選手はその中でも「甲子園は清原の為にあるのか!?」と実況されるなど、美味しい場面でホームランを放つ選手で、まさに甲子園のスターとして全国の人気者となりました。

 

 

甲子園通算13本塁打を放っていて、2017年現在でも歴代1位の恐らくこの先も破られることは考えにくいとんでもない数字を残しています。

 

高校卒業後は巨人入りを熱望していましたが、巨人はチームメイトの桑田選手をドラフト1位指名し、清原選手は南海、日本ハム、中日、近鉄、西武、阪神の6球団から指名を受け、西武が交渉権と獲得します。

 

この際に記者会見では清原選手は涙を流し、日本中の話題となりました。

 

 

指名前には巨人は清原選手を1位指名すると予告していたとも言われており、清原選手には無念と失意と怒りが混じった感情が垣間見えます。

 

西武ライオンズでプロ入りした清原選手は、日本シリーズで巨人を倒す際に涙を流すなど名シーンを生み出しました。

 

選手としても西武の黄金時代を支える4番打者として活躍し、巨人、オリックスなどに移籍して現役を終えます。

晩年は怪我に悩まされる野球人生でもありました。

 

引退後は評論家や、開設者として活躍し、バラエティ番組にも登場するようになります。

CMにも多く出演しており、高校やプロとしてスターだった事もあり引退後もその知名度は衰えませんでした。

 

しかし引退後に薬物疑惑や体中に刺青を彫るなど、少し反社会的な行動が噂されるようになり、その話が表だって出てくると露出が徐々に減っていきました。

 

悲しい事にその噂は事実であり、2016年の2月3日には逮捕。

甲子園、プロ野球のスターの名声が地に落ちた日となりました。

 

テレビや報道で本人は「ありえない」と真顔で否定していた中での逮捕となり、世間はスター選手の逮捕に悲しみと失望が溢れました。

 

裁判で懲役2年6か月(執行猶予4年)の有罪判決を受けますが、野球界での貢献や、知名度による露出の多さで社会的制裁を受けたと執行猶予が付きました。

 

しかし、野球界からは清原選手は現状実質追放扱いになっていて、殿堂入りの取り消しや、名簿から消えているなどの厳しい状況となりました。

 

本人は反省して、現在更生を目指して努力しています。

道は険しいかもしれませんが、偉大な選手だけに野球界でまた見たい人物ですよね…

まとめ

甲子園のスターとしても、プロとしても活躍し続け、華々しい記録を残して現在でも語り継がれる選手も居れば亡くなってる方や、反社会的な行動で逮捕されている方も居たりとプロ野球選手といえど引退後は様々な人生ですよね…

 

甲子園といえばやはり投手のスター選手が多い近年ですが、また打者としての大スターが現れて欲しいですよね!

 

やはりとんでもないパワーを持った清宮君などが今後伝説となるのでしょうか?

 

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